いい本屋さんに来ると

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いつも私に、うれしい影響を与える本屋さんがある。

 

それは、こだわりの個人本屋さんでも、大型書店でもなく、

MUJI BOOKSキャナルシティ博多店。

 

この店の本をセレクトしてる人と、友だちになれる自信が私はある。

というのも、私が大事に所有している本と同じものが並んでいたり、ウィッシュリストにある本が平積みされてあったりするからだ。

作家で言えば、フィリパ=ピアス、吉田篤弘、ジュンパ・ラヒリ、片岡義男、平松洋子、ポール・オースター、谷川俊太郎。本でいくと、絵本『よあけ』、『居ごこちのよい旅』、田中長徳の『屋根裏プラハ』という少しマニアックな本まであって、なかなかに渋い。

お気に入りの本屋さんはいくつもあれど、ここまで私の好みと一致する店は珍しい。

 

そして今回、私がグッときた本棚の一角には、最近気になっているソローの本があった。『森の生活』という有名な本。この本だけでも文庫版、ハードカバー、新訳のハードカバーとバリエーション豊かなのが嬉しい。

以前に特別装幀された『モモ』をこの店で見つけ、荷物が多かったのでAmazonで買おうとしたけれど売ってなかった苦い記憶があったので、このソローのハードカバーは迷わず購入。

ついでに『ソローの日記 春』と、尊敬する開高健先生による訳のジョージ・オーウェル著『動物農場』も購入。

 

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買うつもりがなかったのに買ってしまったのは、私が本好きだから、だけではない。

この本屋さんでぱらぱらとページをめくっているといつも、丁寧に本を読みたい気持ちがむくむくと立ち上がってくるのだ。

 

リラックスするBGMも、木をふんだんに使った、あたたかみのある内装もいい。そして何より、丁寧に陳列された本の存在感が大きい。まるで樹木が息をするように、ここでは本も呼吸をしているように感じる。本といっしょに呼吸をしている気持ちになる。

いい本屋さんに来ると、丁寧に本を読みたくなる。

本屋さんの機能をまっすぐに果たす、こういう本屋さんが私は好きだ。

買ったばかりの本をもって、併設されたカフェでゆっくり読むのもいい時間。

 

今回、感銘を受けた文章は

文章を作るのに、運で上手くいくことはない。たくらみは通じない。あなたが書ける最上のことは、あなたがいま在る最上の状態のことについてであろう。一つ一つの文章は長い見習い期間の成果である。著者の人格(字体)は、扉から結びへと読まれていく。これについては決して校正はない。私たちは美辞麗句は無視して、手書きの基本的な字体(人格)を読む。その他の私たちの行為も同じである。それがすべての行為の中をまっすぐな線のように走る。まわりにどれほどたくさんのはね回りがあろうとも。私たちの生活全体は、りっぱに行われているもっとも小さな事柄に意義を認める。それが本当の成果である。観察する目と私たちを奮い立たせる出来事のないこの無関心の時代において、来るべき時代のよりどころと能力は、私たちがいまどのようにして食べ、飲み、眠り、時間を使うかによる。

『ソロー日記 春』

日々の農作業のように、あたりまえのように、丁寧な文章を書きたいと思う。

言葉だけが踊っているのではなく、実体験や行動を伴った文章を書きたい。

いま、理論や大義名分ばかりが先行していた少し前の自分を反省している。

桃源郷を求めるのもいいけれど、実生活に基づいて、まともに労働している人がいちばん偉いんじゃないかと感じる。一見ルーティーンに見える仕事の中に、上昇のスパイラルが垣間見えたときに私は嬉しいし、丁寧な仕事ができる気がする。

 

最近バタバタして、丁寧に本を読めてもいないし、書けてもいなかったから、言葉に向き合うきっかけをくれたMUJI BOOKSさんに感謝している。

頭が飽和状態になったり、読むこと書くことを見失いそうになったら、またここに来ようと思う。

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